PAPALOG
船乗りだった父。毎日仕事から帰宅する父の姿、ってのはなかった....。なぜか「パパ」とよんでいたなぁ。
船
[ 06/17 01:37:57 ]
船長さんだったPAPAの船は、大きなタンカーだった。
船の端っこにいる人が、とってもとっても小さく見えたのを覚えている。
運動場がすっぽり入ってしまう甲板。
船長さんの部屋はとっても大きくて、その頃の家にはなかった大人数が座れるソファがあって、おやつにオレンジが出てきた。
バナナがぜいたくだったその頃に、食べたことのない味の果物。
田舎に暮らしていた私たちには、不思議な空間だった。
結婚を決めたとき
[ 06/14 23:26:20 ]
今のだんな様が私の両親にあいさつをしに来てくれたときのこと。
ガチガチに緊張しただんな様を前に、PAPAは言ってくれた。
「こう見えても優しいところがある娘なんだ....よろしくなぁ」
今でも忘れられない言葉です。
お年玉
[ 06/13 01:43:47 ]
PAPAがお正月に家にいるのが嬉しかった。
PAPAがいないお正月のお年玉は、両親で決めてたものを渡されたんだと思う。
でも、PAPAがいるときには、すこ〜〜し違った。
2学期の成績表を見せ、良かったときにはボーナスが出た。
どんなにいい成績をとっても家でほめられることのなかった私は、このボーナスがとっても嬉しかった。
にぃちゃんや弟には出ない、私だけのボーナスだったのだから。
....でも、私だけ、と思ってたのは、私だけの勝手な思い込みだったのかもしれないね〜。
洋食焼き
[ 06/11 23:31:19 ]
わが家にはお店屋さんのようなでっかい鉄板があった。
お好み焼きをするのは、必ずPAPAが家にいるとき。
正確に言えば、『お好み焼き』ではなく『洋食焼き』だった。
どうしてそう言うのかはわからないけど。
実家は奈良だったけど、お好み焼きは混ぜ焼きではなかった。
お玉でうす〜〜く生地をのばし、その上にたっぷりのキャベツ。
天かすもかつお節もたっぷり。
それがPAPAの洋食焼き。
直径40cmもある中身たっぷりのお好み焼きを平気でひっくり返す姿はすごかったなぁ。
カメラ
[ 06/10 01:04:00 ]
物心ついた頃からわが家には一眼レフカメラがあった。
私のアルバムには赤ん坊の頃からの写真がちゃんと並んでいた。
そのカメラは今、私の手元にある。
”LEOTAX CAMERA”
⇒
TOPCON CLUB-Leotax Cameras
昔、もちろん使い捨てカメラなどない時代に、中学校の行事の臨海訓練や修学旅行の時、PAPAはこの大切なカメラを私に貸してくれた。
今思えば信じられない。(私がそれだけ信用されていたのかな?)
PAPAがカメラを触らせてくれたことが、今のカメラ好きにつながってるんだろうなぁ。
船
[ 06/17 01:37:57 ]
船長さんだったPAPAの船は、大きなタンカーだった。
船の端っこにいる人が、とってもとっても小さく見えたのを覚えている。
運動場がすっぽり入ってしまう甲板。
船長さんの部屋はとっても大きくて、その頃の家にはなかった大人数が座れるソファがあって、おやつにオレンジが出てきた。
バナナがぜいたくだったその頃に、食べたことのない味の果物。
田舎に暮らしていた私たちには、不思議な空間だった。
結婚を決めたとき
[ 06/14 23:26:20 ]
今のだんな様が私の両親にあいさつをしに来てくれたときのこと。
ガチガチに緊張しただんな様を前に、PAPAは言ってくれた。
「こう見えても優しいところがある娘なんだ....よろしくなぁ」
今でも忘れられない言葉です。
お年玉
[ 06/13 01:43:47 ]
PAPAがお正月に家にいるのが嬉しかった。
PAPAがいないお正月のお年玉は、両親で決めてたものを渡されたんだと思う。
でも、PAPAがいるときには、すこ〜〜し違った。
2学期の成績表を見せ、良かったときにはボーナスが出た。
どんなにいい成績をとっても家でほめられることのなかった私は、このボーナスがとっても嬉しかった。
にぃちゃんや弟には出ない、私だけのボーナスだったのだから。
....でも、私だけ、と思ってたのは、私だけの勝手な思い込みだったのかもしれないね〜。
洋食焼き
[ 06/11 23:31:19 ]
わが家にはお店屋さんのようなでっかい鉄板があった。
お好み焼きをするのは、必ずPAPAが家にいるとき。
正確に言えば、『お好み焼き』ではなく『洋食焼き』だった。
どうしてそう言うのかはわからないけど。
実家は奈良だったけど、お好み焼きは混ぜ焼きではなかった。
お玉でうす〜〜く生地をのばし、その上にたっぷりのキャベツ。
天かすもかつお節もたっぷり。
それがPAPAの洋食焼き。
直径40cmもある中身たっぷりのお好み焼きを平気でひっくり返す姿はすごかったなぁ。
カメラ
[ 6/10 01:04:00 ]
物心ついた頃からわが家には一眼レフカメラがあった。
私のアルバムには赤ん坊の頃からの写真がちゃんと並んでいた。
そのカメラは今、私の手元にある。
”LEOTAX CAMERA”
⇒
TOPCON CLUB-Leotax Cameras
昔、もちろん使い捨てカメラなどない時代に、中学校の行事の臨海訓練や修学旅行の時、PAPAはこの大切なカメラを私に貸してくれた。
今思えば信じられない。(私がそれだけ信用されていたのかな?)
PAPAがカメラを触らせてくれたことが、今のカメラ好きにつながってるんだろうなぁ。
ガンとしっかり付き合ったPAPAでした
[ 6/09 00:11:46 ]
PAPAがこの世からいなくなって、もう11年になる。
2歳になったばかりの私の娘が、病院のベッドの上のじぃちゃんの頭をなでていた。それが最期の時だった。
「年を越せないかもしれない」と聞いて初めての手術を受け、それから2度新しい年を迎えた。
退院も出来たし、入院していたときには毎週小さい子供を連れて病院にも通った。
もしかして、いちばんPAPAと接した時間だったかもしれない。
1年半、PAPAががんばってくれたおかげで、穏やかにその時を迎えられた。ありがとね。
PAPAは船長さん
[ 6/08 00:20:51 ]
父の職業は船乗りでした。
船長さんだと知ったのは、小学校1年生の時に校内放送で流れた兄ちゃんの作文を聴いて....。
どうしてそうだったのか、わからないけど、「え、うちのPAPAって船長さんなんだ』と思ったのを覚えている。
友達のお父さんはいつも家にいるのに、私がPAPAに会うのは年に何回か。
ただし、長期休暇があると、1ヶ月以上も家にいることがある。
朝会社に出かけて夜帰ってくるお父さんを、私は知らなかった。
『父ログ』って....
[ 6/07 01:00:48 ]
- 浜田省吾〜公式ジオログ〜 I am a father
にある『父ログ』イベント。
はじめ、おとーさんたちのブログを募集するのか、と思い込んでいた。
でも、自分の父を想うブログでもいいのかな? と気がついた。
ほとんど書いたことのない父親のこと、これをきっかけに書いてみようかと思った私です。
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